大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9799号 判決 1969年10月28日

原告 喜津木露

被告 富所恵子 外二名

被告富所恵子補助参加人 国

訴訟代理人 大道友彦 外三名

主文

原告の被告らに対する請求はいずれも棄却する。

本訴について生じた訴訟費用、および参加により生じた費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の求める裁判

(一)  原告

被告富所恵子は原告に対し別紙第二目録(一)記載建物を収去して別紙第一目録記載土地を明渡し、かつ昭和四一年八月二〇日以降右明渡済まで一ケ月金一九、四一〇円の割合による金員を支払え。

被告津田国勝は原告に対し別紙第二目録(二)記載建物から退去して別紙第一目録記載土地を明渡せ。

被告鄭栄采は原告に対し別紙第二目録(三)記載建物から退去して別紙第一目録記載土地を明渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決、並びに第一、二、三項につき仮執行の宣言。

(二)  被告ら

主文同旨の判決

二、当事者の主張

(一)  請求原因

(1)  原告は昭和四一年八月二〇日被告富所恵子(以下、被告富所と略称)代理人訴外小川恵吾(以下、訴外小川と略祢)と賃貸借契約を結び、別紙第一目録記載土地(以下、本件土地と略称)を別紙第二目録(一)記載建物(以下、本件建物と略称)所有目的、賃料一ケ月一九、四一〇円、賃料の支払を三ケ月分以上怠つたときは催告なしに契約を解除することができる、との約定で貸渡した。

(2)  ところが被告富所は昭和四一年八月二〇日以降賃料の支払をなさないので原告は昭和四一年一二月一三日付書面で前記約定に基き右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面は翌一四日被告富所に到達した。

(3)  よつて被告富所に対し、昭和四一年八月二〇日以降右賃貸借終了の日(昭和四一年一二月二四日)までの前記一ケ月一九、四一〇円の割合の賃料の支払、および右解除による賃貸借終了に基き本件建物収去、本件土地明渡並びに賃貸借終了の翌日(昭和四一年一二月二五日)以降本件土地明渡まで右賃料相当の損害金の支払を求める。

(4)  本件土地は原告所有である。

(5)  被告津田国勝(以下、被告津田と略称)は別紙第二目録(二)記載建物(以下、本件建物一階部分と略称)に居住し、本件土地を占有している。

(6)  被告鄭栄采(以下、被告鄭と略称)は別紙第二目録日記載

建物(以下、本件建物二階部分と略称)に居住し、本件土地を占有している。

(7)  よつて被告津田、同鄭に対し所有権に基き右記各居住部分より退去、本件土地明渡を求める。

(二)  請求原因に対する被告富所の認否

(1)、 は否認する。訴外小川に代理権は与えていない。

(2)、 は認める。

(三)  請求原因に対する被告津田の認否

(4) 、(5) は認める。

(四)  請求原因に対する被告鄭の認否

(4) 、(6) は認める。

(五)  被告富所の抗弁

(イ)  かりに被告富所が訴外小川に対し本件土地賃貸借契約締結の代理権を賦与し本件賃貸借が成立したとしても右代理権賦与の意思表示は次記のように錯誤により無効であり、従つて本件賃貸借契約も効力を生じない。

(ロ)  すなわち、被告富所は昭和三六年一〇月一七日訴外土屋かつ子より本件土地およびその地上建物(木造亜鉛メツキ鋼板茸平家建店舗兼居宅、二三・一四平方米)を買取り、昭和三七年四月五日、本件土地および右地上建物につき訴外東京相互銀行に対し根抵当権を設定し、同年七月右地上建物をとりこわし、本件土地上に本件建物を再築した。訴外東京相互銀行は本件土地につき右抵当権に基き競売の申立をなし、東京地方裁判所は昭和四〇年一〇月一九日競売開始決定をなし、昭和四一年六月二八日原告はその競落により本件土地を取得した。

(ハ)  従つて被告富所は民法三八八条により本件土地につき本件建物所有を目的とする法定地上権を取得したのであるが同人は右地上権取得を知らずに、取得する権利の性質上、また原告に催告なしの解除権を認めるなど契約内容上自己に不利な本件賃貸借契約締結のために訴外小川に代理権を与えたのであるから右代理権賦与の意思表示にはその重要な部分に錯誤がある。

(六)  被告津田の抗弁

(イ)  被告津田は昭和三九年二月一日被告富所より本件建物一階部分を賃借し、賃借権を有する。

(ロ)  被告富所は同人の抗弁(ロ)の事実に基き本件土地に本件建物所有を目的とする法定地上権を有する。

(ハ)  よつて被告津田は被告富所の右地上権を援用する。

(七)  被告鄭の抗弁

(イ)  被告鄭は昭和四〇年五月一七日被告富所より本件建物二階部分を賃借し、賃借権を有する。

(ロ)  被告富所は同人の抗弁(ロ)の事実に基き本件建物所有を目的とする法定地上権を有する。

(ハ)  よつて被告鄭は被告富所の右地上権を援用する。

(八)  被告富所の抗弁に対する原告の認否

(ロ)は認めるがその余は争う。

(九)  被告津田、同鄭の抗弁に対する原告の認否

各(イ)の事実は不知。

各(ロ)のうち各援用事実(被告富所の抗弁(ロ))は認める。

(一〇)  被告津田、同鄭の抗弁に対する原告の再抗弁

かりに被告富所が被告ら主張の法定地上権を取得したとしても、被告富所代理人訴外小川は昭和四一年八月二〇日本件賃貸借成立と同時に右地上権を放棄した。

(一一)  再抗弁に対する被告津田、同鄭の認否

否認する。

三  証拠<省略>

理由

一、被告富所に対する請求の当否

(一)  原告の被告富所に対する請求は原告と被告富所間に本件土地賃貸借が成立したことを前提とする。

原告は昭和四一年八月二〇日被告富所の代理人訴外小川と原告との間に本件土地賃貸借契約が締結されたと主張し(請求原因(1) )、被告富所はこれを否認する。

代理人による契約が有効に成立するには代理人による契約締結の意思表示(代理行為)と代理権の存在を要するが被告富所はこのうち特に訴外小川の代理権を否認するから、以下まず訴外小川の代理権の存否について検討する。

(二)  証人小川恵吾の供述によると、原告は訴外小川の姉の夫であり、被告富所は訴外小川の姉で訴外富所重雄の妻であるが原告と被告富所は常々余りつき合いがなかつたこと、被告富所が本件土地に抵当権を設定して訴外東京相互銀行から本件建物建築資金を借入れるに際し訴外小川もその保証、および物上保証をなしたこと、被告富所の不履行により昭和四〇年一月頃、訴外小川は訴外銀行よりの要求により債務金二五六万円のうち四〇万円を直ちに返済したほか残金の分割払の資金にあてるため本件建物一階部分の賃借人被告津田からの賃料取立を被告富所より委任されていたことは認めることができる。

然し、右小川証人の、昭和四一年六月末か七月頃、本件土地を原告から被告富所と本件土地賃貸契約を結びたいから話をしてくれと頼まれ「同年八月四日、被告富所から電話があつた際その話をしたところ被告富所は訴外小川に任せると述べた」、との供述のうち右かつこ部分および昭和四一年八月二〇日被告富所と渋谷の喫茶店で会つた際、その前日原告より預つていた「賃貸借契約書原稿と右賃貸借契約締結という委任事項を記載した委任状を示したところ、被告富所は、右原稿どおりの案で契約をまとめてくれ、と訴外小川に契約締結を委任し、」右委任状に署名押印した、との供述のうち右かつこ部分は、右八月当時、本件土地が前記訴外銀行よりの申立で競売に付せられていることは知つていたが右手続が終了して原告が競落していたことは全く知らなかつた。右八月二〇日被告富所は訴外小川が前記被告津田よりの賃料取立のために用いるというので受任者、委任事項の記載のない白紙委任状に被告富所の住所、氏名を自署したに過ぎず原告との賃貸借契約そのための委任についての話は全くなかつた、との被告富所本人の供述に照らし採用しがたく、訴外小川は被告富所より代理を頼まれていると聞いていた、との原告本人の供述は間接的なものであり、これで訴外小川の代理権の存在を認めることはできず、甲第三号証(委任状)は、前記小川証人被告富所本人の供述によると前記八月二〇日前記渋谷の喫茶店で作成(但し被告富所本人の供述によると受任者、委任事項の記載が当日はなされていなかつたとうかがえること前記のとおりである)されたことは認められるがこれは前記のように被告津田よりの賃料取立のために作られたことがうかがえるからこれをもつて訴外小川の代理権存在の証拠とすることはできず、甲第二号証(賃貸借契約書)の原告名義作成部分は証人小川恵吾、原告本人の供述により真正に成立したとは認められるが被告富所名義作成部分は証人小川恵吾の供述によつても被告富所自身の作成によるものではなく、訴外小川が被告富所に代つて作成(署名、押印)したものであるから右契約書は訴外小川の代理行為の存否に関する証拠とはなりえても訴外小川の代理権を証する証拠とはなりえず、甲第四号証(念書)は証人小川恵吾の供述により真正に成立したものと認められるが、これは右小川証人の供述によつても被告富所が前記訴外銀行への返済ができず、訴外小川が前記のように代位弁済をなした際、被告富所が更に負債を重ねることを防止するために同人の印鑑を訴外小川が預つた時に作成されたものに過ぎず、また成立に争いない甲第五号証(念書)も右印鑑預託の事実を証するだけのものに過ぎないからこれをもつて訴外小川の代理権を証する証拠とすることはできず、<証拠省略>によると昭和四一年一二月一三日原告代理人長岡弁護士が被告富所に対し本件土地賃貸借契約解除の意思表示をなし、これを記載した書面は翌一四日被告富所に到達したことは認められるが右は前記昭和四一年八月二〇日後の事実であるから訴外小川の代理権存否に関する証拠ではないこというまでもなく、他に訴外小川が被告富所より本件土地賃貸借契約を原告と締結するについての代理権を与えられたことを認めるに足りる証拠はない(なお証人伊藤進の供述に照らすと右記契約解除の書面は受領したおぼえはない、との被告富所本人の供述部分は措信しがたいが単に一事実に関する供述が措信できないからといつて訴外小川には賃貸借契約締結のための代理権は与えていない、との被告富所本人の供述部分まで措信できなくなるわけのものではない)。

(三)  このように訴外小川の代理権を認めることができない以上、他の点(代理行為の存否)について検討するまでもなく昭和四一年八月二〇日原告と被告富所間に本件土地賃貸借が成立したとの原告の主張は失当といわねばならず、そうであれば右契約の成立を前提とする原告の被告富所に対する各請求はこのことだけですでに理由がないことになる。

よつてこれを棄却する。

二、被告津田、同鄭に対する請求の当否

(一)  右被告らに対する各請求原因(4) 、(5) 、(6) は当事者間に争いがない。

(二)  よつて右被告らの抗弁について検討する。

(1)  <証拠省略>によると被告津田の抗弁の(イ)の事実(昭和三九年二月一日本件建物一階部分賃貸)、および被告鄭の抗弁の(イ)の事実(昭和四〇年五月一七日本件建物二階部分賃貸)をそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はないから右被告らは本件建物右各部分につき賃貸権を有することになる。

(2)  右被告らの各抗弁(ロ)における援用事実(被告富所の抗弁(ロ)の事実)は当事者間に争いなく、本件土地に抵当権が設定された時に同地上に被告富所所有建物が存在した以上、右建物が取りこわされ、本件建物が再築された場合にも民法三八八条の適用はあると解するから右争いない事実に基けば昭和四一年六月二八日原告の競落により被告富所は本件土地上に本件建物所有を目的とする所謂法定地上権を取得したことになる。

(3)  建物利用権を有するものはその敷地所有者との間で直接土地占有、利用のための法律関係を有しなくても、建物所有者が有する敷地利用権を援用し、建物利用の目的内で敷地を占有、利用できるのが原則であるから被告津田、同鄭は本件建物賃借権者として被告富所の右記地上権を援用し本件土地明渡を拒みうる立場にあることになる。

(三)  そこで原告の再抗弁について検討すると、前記のように訴外小川に賃貸借契約締結の代理権が認められたのと同称、右賃貸借契約と不可分の関係にある地上権放棄についても訴外小川がそのような意思表示をなす代理権を被告富所より与えられたと認められる証拠はないから原告の再抗弁は採用できない(なおかりに被告富所が右地上権を放棄したとしても原告はこれを被告津田、同鄭に主張しえないと解される)。

(四)  このように原告の再抗弁は採用できないから被告津田、同鄭の抗弁は理由があることになり、原告の右被告らに対する各請求はいずれも失当といわねばならない。

よつてこれを棄却する。

三、訴訟費用参加費用については民事訴訟法八九条、九四条后段を適用し、敗訴の原告の負担とする。

(裁判官 上杉晴一郎)

別紙第一、二目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例